Stage Four「戦場に翻るは青き旗」

 「デネブ、ここにいたのか」
 「あーら、珍しい組み合わせね。あなたの後ろに金魚の糞みたくくっついているのは騎士さんだけだと思ってたわ」
 「昼飯を持ってきた。つき合わないか?」
 「あら、気が利いてるじゃない。マチルダさんだっけ? 料理がうまくてうらやましいわぁ」
 デネブは例によって4人のパンプキンヘッドを従えていたが、至極退屈そうに頬杖をついていて、グランディーナとカノープスを見つけると顔をほころばせた。
 「金魚の糞みたいな騎士って、ランスロットのことか? あいつが聞いたら怒るぞ、本人はまじめにやってるんだから」
 「なに言ってるのよ。いい歳してまじめにやってれば許されるってものじゃないでしょ。まじめにやってるなんてできない人の言い訳よ」
 「あ、そう」
 「案ずるな。ランスロットもいままでのようにはいかない。尊敬する騎士団長殿のお出ましだからな」
 「あいつがアッシュを尊敬しているのは事実だが、そんなに簡単に剣を引っ込める奴か? ランスロットにそんなこと言ったら『騎士に二言はない』なんて言い出すと思うけどな。おまえに剣を捧げたんだろ?」
 「私はそんなことは気にしていないし盾に取る気もない。騎士の大事なものは一に国だろう」
 「騎士騎士って馬鹿の一つ覚えじゃあるまいし、うるさいわねぇ」
 「文句があるならランスロットに言えよ。騎士にこだわってるのはあいつなんだからな」
 「あら、自分には無関係だって言うの? あなたって意外と友達甲斐がないのねぇ。可哀想なランスロット、彼が聞いたらがっかりするでしょうねぇ」
 「おいおい勘弁してくれよ。俺は騎士じゃないし、騎士騎士うるさいって言ったくせに」
 食器を置いたグランディーナは忍び笑いを漏らしただけだ。カノープスの皿もデネブのそれもまだ半分以上残っているのに彼女は1人だけ空っぽにしてしまったのだ。
 「早食いは美容に良くないわよ。ゆっくり味わっていただかなくっちゃ。なんていったってこんなに美味しいんですもの」
 「癖だ。たとえ正餐を並べられてもすぐに平らげないと気が済まない」
 「おまえが正餐の食べ方を知ってるとはそっちの方が意外だよ」
 「何言ってるのよ、カノープス。彼女だったら何知ってても不思議じゃないわ。ねぇ? でも若い身空でお気の毒。だからこんなにお肌も荒れちゃってるのね。可哀想ね。あら? あらあら? まさか、あなた、すっぴん?」
 「なんか話がつながってなくないか?」
 「化粧して戦争ができるか」
 「まぁ、まぁぁ!」
 デネブは突然グランディーナの顎を軽く捕らえて、強引に自分の方を向かせた。細腕とは思われないような力で逆らえなかった。
 カノープスも思わず手を止める。
 「あなた、若いと思って高くくっていたらお肌の曲がり角はすぐそこよ。そうでなくてもしょっちゅう陽にさらされているんですもの、大事にお手入れしなくちゃ。女の子はもっとお肌を大切にするものだわ。化粧だけじゃなくて後のお手入れが大事なのよ。もしかしてお化粧の仕方とか知らないんじゃないの?
 あらやだ。ほんとにすっぴんなのね。それにひどく荒れてるじゃないの」
 「離せ、デネブ」
 「じっとしてなさいよ。特別に講座してあげるわ。あたしの使ってる化粧品と道具も貸してあげる。わざわざマラノから取り寄せてる特注品なのよ。紅燭化粧品店て知らないの? お姉さんの一押しよ。
 あら、皆さん、お揃いで」
 そこへウォーレンを筆頭にグランディーナを探していたのであろうリーダーたちが揃ってやってきた。
 勢い余ってグランディーナにのし掛かりかけていたデネブはすぐに離れたが、来た面子が騎士ばかりだったこともあってか、どうにも視線は冷たい。
 「そろそろゼノビア城攻略の話をされたいのではないかと思いましたが、昼食中とはお邪魔でしたか?」
 「馬鹿を言え。適当に座れ」
 すでに座を占めていたグランディーナとカノープス、それにデネブ以外の面々は自然と車座になった。
 その場にいるのはウォーレンのほかにアッシュとランスロット、リスゴー、アレック、ガーディナー、マチルダ、ポリーシャである。さらにギルバルド、ロギンス、ニコラスが加わって、解放軍のリーダーはこれで全員だった。
 「始める」
 グランディーナ1人が立ち上がった。
 「明日からゼノビア城の攻略に入るが、現状を簡単に説明しておく。ゼノビア城はここから西に徒歩で2日、周囲を壕と城壁に守られた堅固な城だ。城壁の門は東西南北に1つずつあるが、最近は跳ね橋が上げられどおしで使われているのは南門だけ、これも開けるのは毎日昼間の数時間だけだ。城壁の内側はかつての城下町だが24年前から避難民が押し寄せ、現在はスラム街だ。元の建物の破損はひどくないようだが、継ぎ足された建物が通りにまであふれ出してかなり歩きにくい町だ。地震でも起きればひとたまりもないだろう。帝国軍は城と城壁を占拠していてスラム街の存在は黙視だ。たまに食料の供出などもしているそうだが占領軍の性格上、人心をつかむには至っていない。
 これらのことから次の理由によって城攻めは行わない。1つは城攻めそのものが我々に不利な戦法であること。守備側の十倍の戦力をもってしても城は落としにくく、我々の人数は帝国軍よりも少ない。ましてゼノビア城は壕と城壁で三重に囲まれている。城攻めで落とすのはほとんど無理だろう。いま1つには城壁の出入り口を封鎖して兵糧攻めを行えば、効果が出るのに時間がかかる上、帝国軍よりもスラム街に集った住民に先に被害が出てしまう。さらにあの壕のために地下道を掘るわけにもいかないし、跳ね橋を上げられたら壕を越えるのも困難だ。つまり正攻法でゼノビア城を落とすのは至難の業だと言える。できたとしてもかかる時間は膨大なものになるだろう。それでは敵に反撃の隙を与えることにもなる。
 次にわかっている敵の戦力について話す。敵将はクアス=デボネア、知っていようがゼテギネア帝国四天王の1人で1年ほど前からゼノビアにいる。だが主力は魔獣で将軍直下の騎士団はゼノビアに来ていない。そのためにデボネアはエンドラに疎まれて左遷されたという噂も立っているが、その戦力は我々より上だ。正面からまともにぶつかって勝てる相手ではない。魔獣の構成は我々と似たようなものだ。グリフォン、ワイバーン、コカトリスと飛行魔獣が揃っている。ほかに若干のドラゴンとストーンゴーレムの存在も確認されている。
 しかしゼノビアを落とすのに時間をかけたくない。ゼノビアは旧王国の首都だし、それ以上にグラン暗殺の地ということもあって帝国、反帝国の双方から注目されている。ゼノビアを落とせば帝国は我々の存在を無視できなくなる。つまりこの先の反撃が厳しいものになるということだ。だが同時に反帝国を願う勢力も我々に同調するだろう。シャローム地方に義勇軍がいたことがあったが、似たような勢力は各地にいようし、これが最後の機会になることも承知しているだろう。解放軍に加わらなくともその援助は心強い。そのためにもゼノビアは速攻で落とす必要がある。そうすれば我々が反帝国の筆頭であるという実証にもなるし時間をかければ帝国には援軍を呼ぶという手もあるのだからな」
 そこでグランディーナはいったん言葉を切った。皆の顔をひととおり見渡し、状況が把握できたのを確認してから続きを話す。話しているあいだにカノープスもデネブも食事を終えていた。
 「戦は敵将の首をとるか本拠地を奪えば勝ちだ。だが城壁の守りは堅いし敵も城から安易に外には出るまい。そこで空から攻めて同時にこれをとるが、当然敵も空中からの攻めは予想していよう。それで今回は部隊を3つに分ける。デボネアは私が倒す。だが敵の魔獣部隊に遮られるのもおもしろくない。そこで先導をウォーレンとデネブ、あなた方に頼みたい。ウォーレンは魔法使い2人と人形使い2人を連れていけ。魔獣には魔法の方がよく効く。デネブはその補助だ。戦端を開いてくれれば後は勝手に斬り込む。その後をギルバルドが魔獣部隊を連れて牽制してくれ」
 「そなたが1人で斬り込むつもりか?」
 そう訊くのはいつもならばランスロットだが、今日はアッシュだった。もっともグランディーナとデネブ以外の全員が似たような疑問は抱えていただろう。
 「1人の方が動きやすい」
 「そなたは空から攻めると言うがこちらの魔獣の数には限りがあろう。多少魔法で落としても帝国軍より数が少ないのは否めまい。その差をどうやって補うつもりだ?」
 「昼間に攻めるとは言っていない。夜ならば数の少なさも補える。もちろんデボネアとて夜襲は警戒していよう。だが昼間よりも警戒は薄れるはずだ。それも明け方寸前とあってはな」
 ウォーレンとランスロット、リスゴー、ポリーシャ、それにマチルダがわずかに腰を浮かした。しかし彼らはアッシュを見やり、元騎士団長が微動だにしないでいるのを知って座り直す。
 「文句があるのならば言え。だがあなた方の誰にもデボネアは倒せない。正攻法ではゼノビア城を落とすのに時間がかかる。スラム街の住人にできるだけ被害を出さないで済むような代替案があるならば聞かせてもらおうか」
 しばし気まずい沈黙が流れた。特にウォーレンとランスロットは己の迂闊(うかつ)さを恥じ入るように見える。
 「そなたの案に異論はない。だがそなたにわしを同行させてはもらえぬか」
 そう言ってアッシュが立ち上がり、腰の剣を抜き放った。
 グランディーナも曲刀を抜いた。その刀身はアッシュの剣よりも長くて細い。
 「腕試しか。良かろう、相手になる。
 下がれっ!」
 言われるまでもない。2人が車座の中心に進み出たので輪は自然と大きくなった。
 先に仕掛けたのはアッシュの方だった。その切れは牢獄にあってもいささかも衰えていないことを伺わせたが、グランディーナはこれを難なく受けた。
 彼女は返す刀で斬りかかる。アッシュはこれを受け、両者は対峙した。
 「デボネアに会って何をするつもりだ?」
 「奴には借りがある。その礼を言っておかねばならんと思ってな」
 アッシュがまた攻めたがグランディーナはそれをかわし、自分の攻撃に持ち込んだ。強引な攻めだ。だが速さが増しており、斬りかかる寸前で止めてはいるもののアッシュの反撃を許さない。
 ランスロットは息を呑んだ。騎士団長アッシュはゼノビア一の剣の使い手であった。老いたりといえ、その冴えはますます鋭く彼はいまだにアッシュにかなわぬことを自覚する。だがそれならばグランディーナはどうだ。アッシュに匹敵する剣捌(さば)きの持ち主がゼテギネア帝国のヒカシュー大将軍以外にいただろうか。
 「借りとは何のことだ?」
 「わしはバイロイトの監獄で囚人扱いされていたのではない。そうさせたのがデボネアだ。騎士として敵ながら奴には敬意を払う。それが借りだ。奴がゼノビアにいるうちにその借りを返したいと思っている」
 アッシュの息が切れ切れになった。腕前は落ちていなくても牢獄暮らしで体力はそぎ取られているのだろう。とうとう膝をついたが、誰も近づくことができなかった。
 グランディーナは曲刀を納めた。こちらは息も乱れていない。
 「その体力では無理だな。敵のまっただ中に足手まといを連れていく余裕はない。ランスロット、あなたが来るか?」
 「わたしがだと?」
 「そうだ。ゼノビア王国騎士団の生き残りのなかでもリーダー格だったのはあなたとウォーレンだろう。だからアッシュの代わりに来るかと言っている。それに私1人ではデボネアは生け捕りにしない。倒した方が楽だからな」
 「良かろう。どういう風の吹き回しかは知らないがアッシュ殿の代理とあれば喜んで務めさせてもらおう。
 よろしいですか?」
 「わしは意見を言える立場ではない。だがそなたの腕ならばグランディーナ殿の足手まといにはなるまい。頼んだぞ、ランスロット」
 「一命に代えましても成し遂げてみせましょう。
 ところでマチルダ、君は確かゼノビアの旗を持っていなかったかな? せっかくの王都奪還だ。旗がなければ格好がつかないし、我々ゼノビア王国騎士団の存命を知らせるいい機会だ」
 言われてマチルダはうつむいた。彼女には珍しく、消え入りそうな声でつぶやく。
 「旗はグランディーナ殿にお渡ししました。ゼノビア王国の旗は使えないと言われて」
 「どういうことだ?」
 「我々は解放軍だ。ゼノビアの旗を掲げる所以はあるまい。いままではゼノビア領にいたからゼノビアの者ばかりが参戦してきたが、この先もそうとは限らない。ゼノビアの旗など使うな」
 「では解放軍の旗があるのか?」
 カノープスの予想に反し、皆の反発は意外と少ないようだ。いや、微動だにしないアッシュが元ゼノビア王国騎士団の面々の反発を抑え込んでいる。彼はそのことをはっきりと感じた。
 ギルバルドに視線をやると彼も小さく頷いてみせた。
 「カリナが持っている。持ってこさせよう」
 だがグランディーナがその場を離れようとするより早く、ヴィリーが駆けてきた。若い戦士の中で一番年下なのでこういう使い走りをやらされることが多いが本人は意外と気にしていないようだ。もっとも、まさかグランディーナと同い年とは当人は思ってもいない。
 「すみません。解放軍に参加したいって方々が来たんですけどどうしますか?」
 「どれぐらいだ?」
 「全部で6人とドラゴンが4頭です。リーダーは騎士のバーンズと竜使いのライアンて人で」
 「2人ならすぐ終わるな。一時休憩にしよう」
 気がつくと陽は西にだいぶ傾いている。
 グランディーナがヴィリーと去るのを追うようにマチルダがアレックとロギンスを誘って立ち、ポリーシャがアッシュの側に寄った。元騎士団長もさすがに幼児のころを覚えている彼女の気遣いは無碍(むげ)に断りにくいらしい。
 「俺はおまえの補助だな」
 「おぬしはゼノビア城に行きたがると思っていた」
 「城の中は得意じゃねぇ。ゼノビア城は俺たち有翼人にも窮屈さを感じさせないところだったが、戦うとなれば話は別さ。だが2人は屋上から降りることになるだろう、俺の位置はそこらへんが妥当なところだ」
 「だがアッシュ殿の言うとおり魔獣の数が足りない。夜間とはいえ、帝国軍が全軍投入したら厄介なことになるぞ」
 「だから速攻で攻めたいんだろう。俺だって明け方の見張りは得意じゃねぇからな」
 「それは皆変わるまい」
 「何だったらあたしのカボちゃんたち、貸してあげましょうか?」
 「えぇ?」
 カノープスの脳裏にくっきりはっきり浮かんだのはバルパライソでの一件だ。
 パンプキンヘッドが自分の頭、つまり南瓜を蹴り上げると、それはたちまち巨大化し、放っておけば的を押しつぶしかねなかった。だがそれらの南瓜はグランディーナに見事に切り分けられ、頭を失ったパンプキンヘッドたちは何もできなくなったのだ。しかし頭が補充可能とは思ってもいなかった。
 「役に立つのか、あれ?」
 「失礼ねぇ! あの時は相手が悪かったのよ。あの娘(こ)は別、何ならいま、試してあげましょうか?」
 「それも遠慮する。もっとも俺が飛んじまえば、巨大南瓜だろうと相手にはならないけどな」
 「んまっ」
 デネブは頬を膨らまし抗議するように唇を尖らせた。
 そこへマチルダたちがお茶を持ってきたので一同は休憩し、ガーディナーのように一服する者もあった。
 「マチルダさんてほんと気が利くわねぇ。それにお茶の点て方もお上手。これで美味しい砂糖菓子でも出てくれば言うことないんだけど」
 「砂糖菓子は要らねぇが誰かさんとは大違いだな」
 「同感ね。あの娘、日常生活だと苦労してそう」
 「俺の言ってる誰かさんていうのは、とんがり帽子をかぶった誰かさんだよ」
 「ほほほほ。何言ってるのよ、お姉さんの実力も知らないくせに。才色兼備とはあたしのためにある言葉よ。今度、特別な南瓜料理に招待してあげるわ」
 カノープスは思わず手をデネブの頬に伸ばしたが、彼女はこれを避けて立ち上がった。
 「何するのよ、いきなり?!」
 「いや、おまえ、幾つなんだよ?」
 「女性に年齢を訊くものじゃないわ。有翼人だからって無神経すぎ。女性にもてないわよ」
 「何だと? 黙って聞いてりゃいい気になりやがって! だいたいおまえは−−−」
 「そこらへんでやめておけ」
 グランディーナがカノープスとデネブのあいだに割って入った。デネブが勝ち誇ったように舌を出したがカノープスは取り合わないふりをする。連れてきたのはカリナのほかに、騎士のバーンズと竜使いのライアンという新顔だ。
 バーンズはランスロットやリスゴーと同じくらいの歳で、まずアッシュに気づいて驚いたように一礼した。対してライアンは30代半ばで特に誰とも知り合いではないようだったが、ふてぶてしい面構えだ。
 「バーンズとライアンだ。
 話はもう終わりだが適当に座ってくれ。
 カリナ、旗を出せ」
 「了解」
 彼はすぐに旗を掲げた。しかし風がなく青い旗は垂れただけだった。それでカリナは片手で柄を持ち、片手で旗を広げてみせた。もっとも広げたところで無地の旗だ。
 「カリナ、ゼノビア攻めの時はカノープスに同行しろ。朝日にその旗が翻るようにするつもりだ」
 「じゃあ、明け方攻めるんで?」
 「暗いうちにな」
 彼は拳を軽く握りしめ、旗をしまいなおした。早速旗手の出番が回ってきたので興奮気味だ。
 「ゼノビア城までの行程を聞いていなかったな」
 「このままエルランゲンまで西進だ。明日の朝ここを発てば夜中に着く。実際は帝国軍の見回りもあるからもう少し遅くなるだろうが多少の強行軍になっても明日はエルランゲンに野営地を設営する。明後日の夜中に発てばゼノビア城には暗いうちに近づける。それから戦端を開いても3日目の朝には片づく」
 息を呑む音がいくつか聞こえた。具体的な行程に初めてゼノビア城の奪還が現実のものとなったのだ。半分はそのため息、もう半分は気を引き締めなおしてのことかもしれない。
 「エルランゲンまでの行程はライアンの部隊に先頭に立ってもらい、リスゴー、ガーディナー、ポリーシャ、バーンズ、あなた方が両翼を務めてくれ。アレック、あなたの部隊からはカリナ、カシム、エマーソンが一時的に外れる。リスゴーの部隊も人が足りない。あなたとオーサは明日はリスゴーに従ってくれ」
 「承知しました」
 リスゴーとアレックは同時に頷いたが、皆の視線がライアンに向いた。解放軍に加入早々、大事な役割を当てられたからだ。
 「任せろよ。俺のドラゴンで帝国軍なんて軽く蹴散らしてやるぜ。帝国の奴らには俺もむしゃくしゃしていたんだ。この時のために手塩にかけたドラゴンだ。暴れさせてやるぜ」
 「先ほど4頭のドラゴンと言っていたな。おぬしは4頭のドラゴンを使えるのか?」
 「おうよ。この獣王ライアンさまにかかれば、ドラゴンだっておとなしくなるのさ」
 「ほほぅ。わたしも魔獣を扱いだして長いが一度に4頭も扱うのは至難の業だ。ライアンとやら、是非おぬしの話を聞かせてもらえぬか」
 「それはかまわねぇが、あいにくと俺はあんたの名前を知らねぇ。なにしろリーダーさんにそっちの騎士さんといきなり連れてこられたんでな」
 「それは気の毒なことをしたな」
 言ってからギルバルドは豪快に笑った。憑き物が落ちた、とはこのような笑いを言うのだろう。カノープス、ニコラス、カリナはふと時間を24年も戻されたように感じないではいられなかったほどだ。
 「わたしはギルバルド=オブライエン、解放軍の魔獣部隊の責任者を務めている。よろしく頼む」
 「あんたがゼノビア王国の元魔獣軍団長か。さしずめ、そっちのバルタンは風使いカノープス=ウォルフだろう? 俺はただのライアンだ。よろしく頼むぜ」
 「おう」
 それでライアンとバーンズを中心に人の輪ができた。
 バーンズはランスロットやリスゴーとは久々の再会を喜んでいたがそれはお互い様のようだ。
 さすがのグランディーナもこれには苦笑いする。だがライアンとバーンズがうまく皆にとけ込み、作戦も受け入れられる好機を彼女が逃がすはずもなかった。
 「自己紹介も終わったようだな。明日に備えて休め。エルランゲンまで強行軍になることを忘れるな」
 「承知した」
 アッシュが真っ先に立ち上がって敬礼し、デネブ以外が思わず倣う。それが解散の合図となった。
 翌朝、解放軍はバイロイトの郊外を発った。
 ゼノビア城の周囲は平原と森がほとんどだがどちらも地味が肥えており、恵まれた土地である。グラン王が80年前にゼノビアを首都に選んだのは、その出身であるシャローム地方に近いというばかりでなく土地の豊かさもあったとはよく言われることだ。
 それほどほかの四王国の首都は恵まれていない土地が多い。そもそも全土にわたって雪の多いハイランド、砂漠が国土の半分以上を占めるオファイスは言うに及ばず、ドヌーブの首都バルモアは海抜0バームの湿地帯、ホーライの首都だったバルハラは24年前、ラシュディが一帯で使った魔法のためにハイランドのような寒冷地帯になってしまい、首都としての機能は失われた。ラシュディの魔力の凄まじさゆえか、一説には失われた禁呪を使ったという話もあり、ホーライ王国の主力はここで根こそぎ倒されたのだった。
 禁呪とは自然さえ歪めると言われた太古の魔法である。使える者は現在では知られておらず、呪文の行方も知れない。
 一方、4頭のドラゴンを先頭に立てた解放軍の歩みは順調だ。
 ゼテギネア大陸に魔獣多しといえど最強の名はドラゴンに冠せられる。人が貫くには厚い鱗と成長するに従って吐く息が凶暴なものとなる攻撃力は魔獣使いでなく専門の竜使いでなければ制せられるものではない。それでドラゴンを魔獣の括りに加えぬむきもある。
 その体色は若いうちは明るい緑色と一様だが、成長するにつれて3色に色変わりし、その最終形態にはなかなかお目にかかれない。赤い体色のドラゴンは焔竜フレアブラス、白い体色のドラゴンは氷竜デスバハムート、黒い体色のドラゴンは闇竜ティアマットとして知られているが、ほかの大陸にはさらに多種のドラゴンが棲息すると言われていた。
 ライアンの連れている四頭のドラゴンはメラオース、ブラックドラゴンのギャネガー、レッドドラゴンのマーウォルス、サラマンダーのプロミオスといい、いちばん大きなプロミオスはライアンが竜使いの師匠から譲り受けたという年嵩のドラゴンであった。
 そんなドラゴンの最大の欠点は足が遅いことである。魔獣のなかでも遅さはいちばんと言ってよく、ゼノビア王国魔獣軍団に竜使いが1人もいなかったのもグラン王が機動性を重視したためだとは、その筋では有名な話である。
 だが逆にそうした欠点を補うなり、拠点防御などドラゴンが有利になるような戦い方をするなりしてやれば、その戦闘力の高さはどの魔獣にも勝って魅力的なものであることもまた確かだ。
 グランやラシュディと並ぶ五英雄の1人、魔獣王ダルカスは3色のドラゴンを自在に使いこなした龍使いだと言われる。しかしその最後は5人のなかでも唯一知られておらず、いずこの国もその消息を伝えていない。ダルカスの死とともに龍使いという存在そのものが半ば伝説と化したのであった。
 数度の戦闘を繰り返し、予定より少し遅れて解放軍はエルランゲン郊外に野営地を設営した。雲が出て、星も月もない晩だった。
 案の定、夜明け前から雨が降り始めた。雨はこの季節には珍しく降り続き、翌日になっても止まなかった。
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