Stage Thirteen「暗黒のガルフ」
翌闇竜の月23日、ギルバルドに率いられた5つの小隊がバーミヤンを発ち、街道を南下した。目指すケルーマンは短い街道の終点にある。アンデッドが出没するとはとても思えないのどかな田舎で、ただ肌にはりつくようなしつこい暑さだけがゼテギネアのどことも違っていた。
「ここらで昼食にしよう!」
ギルバルドが声をかけ、皆の歩みは止まった。マチルダの指示で携行食糧と水が配られ、皆が思い思いの場所で休む。
「こんなところにアンデッドがいるなんて嘘みたいね。ちょっと暑すぎるけれど、悪いところでもないじゃない」
「とんでもありません、ラウニィーさま。肌がべたついて私はこんなところにいつまでもいたくありませんわ。早くアラムートの城塞に戻りたいです」
「やっぱり君はアラムートに残っているべきだったんだ。君のような人が戦闘なんて危ないじゃないか」
「そんなことを言って私を帰そうとしてもだめよ、クアス。それに私だって帝国教会の法皇だったのだもの、少しぐらい役に立てるわ」
「そうよ、デボネア。今回はアンデッドとの戦いなのだから、私たちの役目はノルンたちを守ることよ。彼女がアンデッドに傷つけられるなんて不名誉なこと、ないようにしてよね」
「心得ております、ラウニィー殿」
「そろそろ出発するぞ!」
ギルバルドが声をかけたので、デボネアたちのおしゃべりもそこで中断された。ギルバルドとユーリアを先頭に皆が動き出し、さらに街道を南下していった。
一行は夕方にはケルーマンに到着し、ロシュフォル教会の責任者であるテイシア=トマスという司祭に面会した。さらに彼女の案内でケルーマンの町長に会い、協力することを伝えると歓迎を受けた。
「この町には元々、自警団がありませんでした。いくらダーイクンデイー湿原が近いといってもアンデッドがやってくるのは年に1回あるかないかです。そのような時はロシュフォル教会の方にお祓いしてもらうのが常でした。ところがここ1ヶ月ばかり、アンデッドの数が増えてきました。早急に自警団を募りましたが、腕に覚えのある者もおらず、どうしたものか途方に暮れていたところです。そこへ解放軍を名乗る方々がやってきて、わたしたちを助けてくださっていたのですが、その方たちもいなくなってしまい、わたしたちは門を閉ざす以外に何もできないでおりました」
「それは申し訳ないことをいたした。彼らは我々の仲間で、先にアンタリア大地の偵察に来ていたのだ。昨日、バーミヤンで合流し、このような状況を聞かされたので、こちらに伺った。だが我々も今回の騒ぎが完全に収まるまでアンタリア大地に残るわけにはいかない。我々の仲間が今回の騒動の元凶となっているオミクロンを倒しに行っているが、オミクロンを倒してもアンデッドが完全にいなくなることはあるまい。そこで提案なのだが、こちらの自警団の方々に敵と戦う方法について指南するのはいかがであろう? もちろん戦いに慣れるまでは我々が先導しよう」
「私からもお願いします。いまはバーミヤンから2人、応援に来てもらっていますが、彼女たちはいずれ戻らなければなりません。今後、私たちだけでは手が足りなくなることもかもしれません。ケルーマンは私たちの町です。私たちの町は私たちで守るべきです」
テイシアの言葉にケルーマンの町長は困ったような顔になった。
「それほど時間がありませんが、自警団の者と話していただいた方がよろしいでしょうな」
「そのようだが我らの方で赴かせていただこう。その上で、どのような手伝いができるのか、相談させてもらおう」
「承知しました。それではよろしくお願いします」
その後、ギルバルドはテイシアや自警団の者たちと協力して、四方の門に各小隊を配置した。ダーイクンデイー湿原に面した南門にデボネアとライアンの隊を、東門にマチルダ、西門にラウニィー、北門に自分の小隊という配置で、さらにともに来たアラディたちを町の中央に近いロシュフォル教会に置いた。それぞれの門にはロシュフォル教会に勤める司祭や僧侶たちもおり、自警団の若者たちもいたが、テイシアによれば、彼女たちを補助し守るだけの仕事も、それほどうまくいっているとは言いがたいそうだ。
「我らの目的はケルーマンをアンデッドより守ることだが、あくまでも主体はケルーマン側にあることを忘れないでくれ。テイシア殿の話では自警団の者はなかなか自主的に動けないそうだが、我らの助けるべきは彼らが自分から動けるようになることだと心得ておいてもらいたい」
ギルバルドはリーダーたちにこのように話して、それぞれの小隊を位置につけたのだった。
辺りが暗くなり、ケルーマンの町中に灯りが目立つようになったころ、その音は遠くから聞こえてきた。骨の鳴る音が、ダーイクンデイー湿原の方から届くようになった。
南門のプロミオスは、その音を聞くと不機嫌そうに吠えたてた。ケルーマンの門番たちは恐ろしそうにフレアブラスを見たが、ドラゴンは鼻孔から煙を吐き出すだけで、それ以上は何もしない。
やがてカノープスが言っていた骨の鳴る音が街壁に響くようになった。それは門に当たり、街壁をひっきりなしにたたく乾いた音だ。湿原の向こうからやってくる死者たちの声なき声のようだった。
南門の詰め所に昇ったデボネアは、煌々とした月明かりに照らされて無数のスケルトンがこのケルーマンに近づいてくるのを見た。目をこらすとスケルトンのなかに半透明の亡霊や悪霊が混じっている。スケルトンは街壁に阻まれて町の中に入ってくることはないが、問題は亡霊や悪霊たちだ。そして眼下でも、無数のスケルトンが門や街壁をたたき続けていた。
また、いくらかのアンデッドたちは端(はな)からケルーマンを無視して、さらに北上していった。
「これは聞きしに勝る光景だな。元を正せば、彼らも気の毒な犠牲者なのだろうが、このまま座して見過ごすわけにもいかないか。
諸君、貴公らの手を貸してくれ!」
彼が詰め所から飛び降りると、戦い慣れていない若者たちは驚異でも見たような眼差しを向けた。
「もっとも、アンデッドと戦うにはいくら強力な剣があっても足りない。アンデッドに対抗できるのは魔法か聖別された武器だけだ。だから、わたしたちの仕事は彼女たちを守るしかないんだ」
そう言って彼がノルンを引き寄せると、集まった者のあいだから笑いがもれた。
すかさず彼女が侵入してきた亡霊に呪文を唱える。
「聖なる父フィラーハの慈悲深き御名において命ずる。汝、迷える霊よ、この世のくびきより放たれよ。安らぎを知らぬ魂よ、所在の処(あるべきところ)に還れ!」
亡霊は誰かに触れる前に、うなり声をあげて消えた。
「お見事、ノルン」
「これぐらいは元法皇として当然よ。だけど、あの音は確かに耳障りだわ。止めさせることはできないのかしら?」
「そう簡単に言わないでくれ。後から後からスケルトンがやってくるんだ。倒しきれるものじゃない」
だが門の前に陣取ったライアンは、さも退屈そうに大あくびだ。
「打って出ないのかい、デボネア? いくら害がないからって、こんな音を一晩中聞かされるのはたまらねぇぜ」
「そうね。私たちが早めにアンデッドを消滅させた方がいいんじゃないかしら?」
デボネアはノルンとライアンを招き、詰め所に昇りなおした。今日の月はかなり明るいのでケルーマンの南に広がる湿原の方まで眺められる。そこから波のように押し寄せてくるアンデッドの群れもよく見えた。
「こいつは、俺たちの手に負える数じゃねぇな」
「そうだろう?
ノルン、君も無茶を言うのはやめてくれ。もしもこの門が破られたら、あれだけの数のスケルトンには我々だけでは対抗できないよ」
「そうね、ごめんなさい」
3人が詰め所から下りてくると、プロミオスが門に向かってうなり声をあげている。
「どうしたんだ、いったい?」
「門をたたくのは昨日や今日、始まったことではありませんが、今晩はその音がひときわ強いようです」
「それは良くない報せだな。君、すまないが、ロシュフォル教会に行って、ギルバルドにこのことを伝えてきてくれないか」
「かしこまりました」
ケルーマンの自警団の若者は即座に走っていった。
「なんだ、門が破られるとでも思っているのか?」
「そうならないよう開けた方がいいかもしれない。いまからこの門を作り直すには時間が足りないだろうからね」
「でも、あんなにたくさんのアンデッドが来たら守りきれないわ。私たちが一度に浄化できる数はそんなに多くないのですもの。それにいくらあなただって一晩中、戦い続けることはできないでしょう?」
「だからギルバルドの判断を仰ぐ。もっともグランディーナに訊いたら、速攻で開けろと言われるかもしれないがね」
「どうだろうな、この門は。いくら強くたたいているからって破城槌なんか持ち出しているわけじゃねぇだろう。そんなに簡単に壊れねぇと思うがな」
「ですが、その門はかなり古い物です。アンタリア大地は24年前の戦争でも戦場にならなかったので街壁の修復が行われたのもかなり昔のことになります」
そう話しているあいだにも門は音を立てて揺れ続けている。
「古いと言うが前に替えたのはいつのことだ?」
デボネアに訊かれて自警団の若者たちは顔を見合わせた。はっきりしたことは誰も知らなさそうだ。
「こいつは、かなりやばいんじゃないか? いままで無事だったのが不思議なくらいだ」
「そうだな」
そこにギルバルドとテイシアが走ってきた。
「まだ大丈夫なようだな」
「だが破られてからでは手に負えない」
「フレドー殿がいれば、このようなことにも詳しいのだがな。しかし、この門を開けたところで我らに耐えられる戦力はあるか? それに門が古いことは、ほかの3つの門でも同じ、それらを同時に守るのは、いまの戦力では難しかろう」
「ならば、このままにしておけと言うのか?」
「ほかに手はない。だが、ここに防塞を築こう。
おぬしたち、町の者に頼んで家具などを集めてくれ。わたしはほかの3つの門に行ってくる」
「ギルバルドさま、私も参ります。
あなたたちも急いでくださいね」
「わかりました!」
それを見たライアンがプロミオスを門に近づけた。
「何をするんだ?」
「こいつの身体なら門を押さえておくのに役に立つだろう。フレアブレスにしては小さい方だが、もう火の粉は帯びていないし使えると思うぜ。
ギャネガー! おまえも来るんだ」
2頭のドラゴンが門にくっつくと音はようやく収まったが、街壁をたたく音は静まらなかった。
そのあいだにも亡霊や悪霊が町に入ってきていたが、ノルンやほかの司祭の手で消滅させられた。
そして町の者たちが持ち寄った家具が積み上げられ、防塞が築かれた。プロミオスとギャネガーは今度は防塞の内側に陣取った。
「こんな物でアンデッドをしのげるのかねぇ?」
「要は奴らの足を止めればいいのだからな。この防塞が破られない限り、一度に侵入してこられるアンデッドはせいぜい1体か2体だ」
そこへ、再びギルバルドが戻ってきた。
「マーウォルスとメラオースは西門と東門に置いてきた。どうやら、北門はアンデッドの進路から外れているらしい。それにしてもずいぶんと積んだものだな。これならば、門が破られた時にもまだ持ちこたえることができるだろう。今晩はこのまま様子を見てくれ。明日になったら町の者たちと相談する。鉄の板で補強できたらいいのだろうが、アンタリア大地全体にもそれだけの鉄はないだろう」
「明日になったら、町の連中にもっと家具を出させるといい。俺たちにとっちゃ、防塞の厚さが生命線になるだろうからな」
「アンデッドに火を使うという知恵が働くとも思えないしな」
たまに侵入してくる亡霊や悪霊を退治しながら、闇竜の月23日から24日にかけての夜はこうして更けていった。皆は一睡もせずに交替で南門を見張っていたが、やがて夜が明けるとともにあれだけいたアンデッドは潮が引くようにいなくなり、いつものような朝が訪れたのだった。
闇竜の月24日、ギルバルドは引き続きテイシアとともにケルーマンの有力者と会い、門のことや防衛について相談に乗った。
「門が破られたら事です。町の皆さんに防塞が築けるような家具や木材の供出をお願いしましょう。ですが、ケルーマンの門は町ができて以来、一度も取り替えられたことがないのです。ケルーマンだけでなくアンタリア大地全体が同じような事情でしょう」
「いまからでも門を換えることはできませんか?」
「難しいでしょう。このケルーマンだけが襲われているわけではありませんしアンタリア大地にそんなに大きな木は見つかりません。ほかのところから輸送してもらうには日にちがかかりすぎます。万が一、破られた時には解放軍の方々のお力を頼りにするしかありません」
「湿原にいちばん近い南門だけならともかく、複数の門が破られた時には自警団と我々の力だけで持ちこたえられるかわからんが、全力は尽くそう」
「ありがとうございます、ギルバルドさま。
それでは皆様方、解放軍の方たちは昨日、ケルーマンに着いてから、どなたも眠っていらっしゃらないのです。ゆっくり休ませてあげてください」
「そうでしたな。
それでは今晩もよろしくお願いしますぞ」
「いや、アンデッドと戦うことになったら、自警団の方たちもともに戦ってもらう。これはアンタリア大地にいる、あなた方の問題だ。偶然ここに現われた我々を必要以上に頼っては、我々がいなくなった時に同様の問題が起こっても対処できないだろう。それでは失礼いたす」
ギルバルドが立つと後をついてきたのはテイシアだけだった。町長以下、出席した者たちは呆気にとられ、返す言葉もないようだ。
「あのように言っていただけて、ロシュフォル教会の者としてお礼を申しあげますわ」
「なぜ、そのようなことを仰るのだ?」
「アンタリア大地はホーライ王国があったころまでは王都に附属する直轄領として優遇されていたのです。それがホーライ王国が滅亡して以来、ゼテギネア帝国には見向きもされず、もともと封印の地というだけで何の産業もない辺境の地に落ちぶれてしまいました。多くの人がアンタリア大地を離れましたが、この土地にしがみついて離れられない人も多かったのです。24年も経って、ようやく自活できるようになりましたが、解放軍がゼテギネア帝国を倒した後にできる国には、また特別な場所と認められたいと思っている方も少なくありません」
「だが、そのためには封印の儀式を復活させる必要があるだろう。最後の神官長となったオミクロンの放逐以来、その知識は失われたと聞いているが、ロシュフォル教会の方々はご存じか?」
「いいえ。オミクロンはロシュフォル教会とは何の関係もありません。どのような理由で神官長と呼ばれているのかも存じません」
「天空の三騎士の方々ならば存じていようが、いま訊くことでもないな。テイシア殿も早く休みなさい」
だがギルバルドにはわかっていた。自警団の若者たちを戦闘に引っ張り出すのは容易ではない。かといって解放軍だけでは、いざ門が破られた時には対応しきれないだろうと。
その日の夕方に起き出した解放軍は、ライアンと4頭のドラゴン以外は昨日と異なる門の守りについた。昼間のあいだに住民が築いた防塞はより厚く、強固なものになっていたが、実際にアンデッドが攻め込んできた時にどれだけもつかはわからない。
しかし、闇竜の月24日から海竜の月1日の晩にかけては、その前の晩と違ったことは起こらなかった。ケルーマンのどの門もアンデッドにたたかれても、さらに一晩、持ち堪えたからだ。
けれど、夜が明けてから街壁の見回りに出向いたギルバルドは、どの門にも無数の傷痕を見出して暗澹(あんたん)たる気持ちになった。スケルトンは武器を振るって門を壊そうとしている。壊されるのは時間の問題だろう。
そして、そのことを彼から知らされた解放軍の一行も、アンデッドとの戦いをいよいよ覚悟したのである。
そのころ、グランディーナたちはアンタリア大地の西の海沿いにカンダハルを目指していた。野宿した島のずっと南側の島にカオスゲートがあるので、その確認も目的の1つだ。彼女たちがカオスゲートの場所まで来たのは闇竜の月24日のことだった。
「ここでむやみにカオスゲートを開けてはならぬ。アンタンジルから悪魔が来てしまうからな」
カオスゲートの位置を示しながら、フォーゲルが告げる。
「あなたがアンタンジルに行ったのは何千年も前のことだろう。なぜカオスゲートの位置がここだと言い切れる?」
「このカオスゲートはほかのカオスゲートと性格を異にする。これは二度と開けてはならぬカオスゲートだったのだ。ガルフが封印されている限り、このカオスゲートを使ってはならなかった。だが、封印が破られ、ガルフが復活するという徴候が見られた時、再びカオスゲートからアンタンジルへ行く時のために、この石碑がその目印として残されたのだ」
「なるほど。私の目にはこれは崩れかけた石の柱にしか見えないが、あなたはこれがなぜ、ここに置かれたか知っているのだな」
「そうだ。だが、いまはこれぐらいでよかろう。今日の行程はそれほど長くないが、カンダハルへ近づくとしよう」
「今日はどこで休む?」
「この島の南に2つの無人島がある。そこならばアンデッドも来なかろう。カンダハルに行くのは明るくなってからの方がいいからな」
「わかった」
それで彼女たちは再度グリフォンに乗り直して、フォーゲルの言った島まで飛んでいった。そこから南は大陸が続いていて、海を離れると険しい崖があり、ダーイクンデイー湿原の南端がここらまで伸びている。
アラディの報告では、暗くなるとカンダハルからアンデッドが切れることなく出てくるということだったので、夜に地続きの場所にいるのは得策ではなかった。
「ケビンさま、グリフォンの騎乗には慣れられましたか?」
「昨日よりはだいぶましですかな。あなたにばかり気を遣わせて申し訳ない」
「それが私の仕事ですから、お疲れでしたら遠慮なく仰ってください。疲れを取る薬草も持ち合わせておりますし」
「かたじけない。早速いただきましょう」
「はい」
しかし食事を取るには半端な時間だ。陽は西の空に高く、日没まではまだまだかかりそうだ。
「我々だけ、こうしているのが申し訳ないくらいですな。いまごろ、ケルーマンやバーミヤンでは皆が大変な目にあっておりましょうに」
「そうですね。ですが、いまはみんなを信じましょう。わたしたちの役割はオミクロンを倒すことです。それ以外のことに思い煩うような余裕はありません」
ケビンは重々しく頷いて、アイーシャの差し出した薬湯を飲んだ。彼女は皆にも薬湯を配ったが、レイカはグリフォンに乗るのが初めてなので、それを手伝う元気もないようだった。
そこへグランディーナとサラディン、フォーゲルが戻ってきた。カノープスはグリフォンの傍にいる。
「小さな島だな。木も生えていないから、島の中央に行けば、島中を見渡せる」
「何もなかったようだね?」
「つまらないところだが大陸で夜を明かすのは危険だ。ここで明日の朝まで待とう」
「しょうがないな」
「封印の儀式とはカオスゲートがあった島で行われていたのですか?」
ケビンの問いに頷いたサラディンは、フォーゲルの方を見やって立ち上がった。
「わたしもそれほど詳しいわけではない。その話なら天空の騎士殿にうかがった方がよかろう」
そう言うと彼はすぐにフォーゲルを呼びにいった。
「封印の儀式が行われていたのはカオスゲートの近辺ではない。カンダハルでだ。この大地には魔力を集めやすい場所がある。カンダハルとはそのような土地のひとつだ。そこはアンタンジルへのカオスゲートから遠いのだが、この近隣ではカンダハルで儀式を行うのがいちばん効率が良かったのだ」
「では封印の儀式は最初からカンダハルで行われていたのですな?」
「そうだ。その知識は失われたと考えているようだが案ずることはない。ガルフを倒したら伝えよう」
「それはかたじけない。ですが差し支えなければ教えてください。なぜアンタンジルは封印されねばならなかったのです?」
「アンタンジルという土地はもともとは地上の一部だったのだが、魔界に通じるカオスゲートがあり、オウガバトルの時に最も多く使われたせいで、その毒気に長くさらされてしまった。我々が行った時には、ほとんど魔界と化していて悪魔やオウガが力をつけるほどであった。我々はそのためもあってアンタンジルに逃げ込んだガルフを封じ、さらにアンタンジルそのものにも封印を施した。放っておけばアンタンジルからアンタリア大地にも魔界の毒が流れ込んできて長い時間をかけて地上を冒しただろう。だが我々がガルフを封じてから、もう何千年も経ってしまった。封印の儀式は地上に残れなかった我らの代わりに行っていた補助的な措置だ。儀式が行われようと途絶えようとガルフが解放されるのは時間の問題だっただろう」
「そのように言っていただけるとホーライ王国の者として救われます。オミクロンを許し難いと思う気持ちに変わりはござらんが」
その時、フォーゲルの後方で5頭のグリフォンが一斉に飛び立った。その姿はたちまち北の島に向かい、エレボスを先頭に力強く飛んでいった。
「いいですなぁ、グリフォンは」
「なぜです?」
「自力で食糧を調達できます。我らは大して美味くもない携行食糧で我慢しなければならないというのに。もちろん狩りの結果が出ないという危険も冒さなければなりませんがな」
「エレボスに頼んで獲物を譲ってもらいますか?」
「いやいや、これも騎士の務め、酒がないの食糧が不味いのなどとほざいては戦っておられません。そうでなくても、わたしはこのとおり腹回りが肥えすぎておる。ヨハンから少し痩せろと言われたのです」
「なぜヨハン殿が?」
「彼は補給部隊のリーダーですぞ。わたしの鎧だけ特注になると言われまして、お目玉を喰らったのですよ、お恥ずかしい話ですが」
そう言ってケビンが高笑いしたので、ランスロットやアイーシャもつられた。確かに彼はギルバルドやカノープスに劣らぬ酒豪だし大食漢だ。もっとも、その鎧は大事にされているらしく、当分、取り替える必要はなさそうだった。
「ところで」
と彼は急に声を潜めて、
「グランディーナ殿はいつも、ああして寝てばかりなのですかな?」
とランスロットに耳打ちした。
「このように待つ時はよく。寝つきもいいですが寝起きも早いですよ」
「それはぜひ、わたしも見習いたいものだ。ここのところ寝つきが悪くてかなわん」
「何かお薬を調合いたしましょうか?」
「それには及びませんぞ。不眠というわけではありませんからな」
やがてグリフォンたちが戻ってきたころ、ランスロットたちも食事にした。
今夜もフォーゲルが見張りに立ったが、焚き火を見ても近づくアンデッドはいないらしかった。