Stage Thirteen「暗黒のガルフ」

海竜の月1日、夜明けとともにグランディーナたちはカンダハルに向かった。広大なダーイクンデイー湿原はここで終わる。町の南側にはアンタリア大地では一部の地域でしか見られない乾いた草原が広がり、そのずっと南には広くて高いバルヴァーン山脈が東西に長く延びていた。ここがゼテギネア大陸の最南端となるのである。
アラディの報告どおり、カンダハルは闇に覆われていた。周囲を街壁に囲われているところはほかの都市と違いはないが、有象無象のスケルトンが町中を歩き回っているのが異常な光景だ。
「カンダハルの神殿はどこにある?」
「町の中央に広場があって、その真ん中だ。二階建てのそれほど大きな建物ではない。祭壇は北方、カオスゲートの方を向いている」
「カノープス! 神殿の様子が見えるか?」
「こう暗くちゃ、わからねぇな! エレボスとなら偵察に行ってもいいぞ!」
「わかった! 一度、下りよう!」
それでカノープスがエレボスを飛ばして、カンダハルの上空を一回りしてきた。その翼には亡霊も悪霊も追いつけないが、カノープスの視力もあっての技だ。
「どうだった?」
「入り口は南側だ。入ってすぐの両脇に10階建ての塔があって、その北側が会堂だな。奥行きは入り口から70バス(約20メートル)ぐらいだと思うが、会堂の高さも同じくらいある。会堂の屋根は傾斜がきつくて、グリフォンを着地させるのは難しいな」
「進入路は入り口だけではあるまい?」
「塔にも会堂にも窓があった。ただ、着色硝子じゃなくて、どれも真っ黒だったように見えたな」
「では中の様子は見えなかったのだな?」
「無理無理。亡霊や悪霊に見つかって大急ぎで逃げてきたんだ。中なんか拝んでる暇があるかい」
カノープスの報告を聞きながら、グランディーナは神殿の見取り図を地面に描いた。
「建物の周囲は広場だそうだが?」
「そこもスケルトンでいっぱいだ。当然、そいつらを片づけないと神殿の入り口は使えねぇ」
グランディーナが祭壇のある北側に印をつけた。
「ここの着色硝子の大きさは?」
「言うと思ったぜ。全部割れば、グリフォンで通れるだろう。エレボスは特別大きいが、1頭ずつなら大丈夫だ」
「ならば、こうしよう」
彼女が招いたので、9人は図の周りに集まった。
「まずグリフォンで神殿に近づく。ランスロットはアイーシャと、チャールスはレイカと同乗して2人を亡霊や悪霊から守ること。
カノープスとケビンはここの着色硝子を割れ。
そこでサンダースが〈光のささやき〉を使う。
私はカノープス、サラディンはケビンと同乗する。硝子を割ったら神殿に入る。オミクロンもユーシスも祭壇の近くにいるだろう。後は臨機応変に動いてもらおう」
「近づくまでの亡霊と悪霊はどうします?」
「アイーシャとレイカに任せる」
「また〈闇の香り〉を使われたら、どうするのだ?」
「〈光のささやき〉は1つしか使わない。オミクロンが〈闇の香り〉を使うまでの場つなぎだ。大した効果はもとより期待していない」
「中にもアンデッドがいるだろう。オミクロン殿が祭壇の近くにいなかったら、どうする気だ?」
「神殿の構造から見ても、ほかにいそうなところは塔だけだ。だが塔の部屋は狭い。ここでアンデッドを生み出すのは効率が悪くないか?」
話を返されてサラディンが頷いた。
「神殿の幅から考えて塔の各部屋は10バス(約3メートル)足らずしかあるまい。アンデッドを作るには人間が要る。それを置くにはあまり向かないな」
「しかしそれなら、オミクロンはそんなにたくさんの死体をどこから持ってきているんだ?」
「アンデッドを作るのに死体である必要はないのだ。活発に動いていなければ生きている人間から作ることもできる。おそらくカンダハルにいた者が犠牲になっているのだろう。墓もあったろうしな。それに加えて来た時に持ってきた可能性も捨てきれない」
ケビンが激しく歯ぎしりをする。オミクロンに対する怒りは彼のなかで頂点に達しそうだ。
「悪いが、もう1つ確認させてくれ。もしもここの着色硝子を割れなかったらどうする?」
「光を防ぐためにも裏から板で補強してある可能性もあるか。
グリフォンの体当たりではどうだ?」
「一度に1頭しかできねぇぞ。エレボスなら、やらせてみなけりゃわからねぇが、蹴飛ばすのとどっちがいいかな?」
「その時はグリフォンよりも魔法を使った方がいいだろう。わたしがファイアウォールを唱える。サンダース、そなたがアイスフィールドを唱えてくれ」
「わかりました」
「それでもまだ侵入できないのなら、もう一度ファイアウォールを使えばいいだろう」
「そうしよう。私とカノープスがエレボス、サラディンとケビンがピテュス、ランスロットとアイーシャがメムピス、チャールスとレイカがシューメー、フォーゲルとサンダースがピタネだ。アンデッドにはあまりかまうな。オミクロンを倒し、ユーシスを助け出したら、ここに用はない」
「了解!」
グランディーナがサンダースに〈光のささやき〉を渡して、各々がグリフォンに乗り込んだ。
「行くぞ!」
エレボスを先頭にグリフォンが飛び立つ。カンダハルの上空にさしかかると、急に周囲が暗くなった。それでも周辺の陽の光があるから、外から見た時ほど真っ暗ではなく、町の中央にあるという広場も、そこにある神殿も判別がつくほどの明るさは残っている。
グリフォンは通常、高度300バス(約90メートル)以上を飛ぶ。亡霊や悪霊は浮遊するのであって飛行するわけではないから、ふつう、両者はすれ違わないで済む。
神殿の屋根の上には、亡霊も悪霊もいなかった。ただカノープスが報せたとおり、急な三角屋根はグリフォンも人も乗っているには向かない。
「やるぞ!」
カノープスの合図でケビンが構えた槍の石突きを力一杯、着色硝子にたたきつけた。反対側をカノープスの鎚が殴り、硝子は派手な音を立てて全壊した。
と同時にサンダースが〈光のささやき〉を使ったので辺りの闇が一斉に払われて、カンダハルの上空は本来の明るさを取り戻した。
それよりも早くエレボスとピテュスが続いて神殿の中に飛び込んだ。
エレボスが突っ込むなり、グランディーナは飛び降り、大上段からオミクロンに斬りかかったが、すんでのところでこれは避けられた。
「我々は解放軍だ! オミクロン、覚悟!」
「愚か者め! わしのかわいいアンデッドに貴様らがかなうと思ったか?!」
「おうよ!」
ケビンもグリフォンを降りるなり、群がってきたスケルトンを力任せになぎ払った。
「我が名はケビン=ワルド、ホーライ王国騎士団の名誉にかけて、貴様の裏切りは許さんぞ!」
「ホーライ王国だと? ラシュディさまのたった2度の禁呪で壊滅した国の生き残りが何をほざく! 貴様もアンデッドにしてやろう、わしの術でなら楽に死ねるぞ」
「ふざけるなっ!!」
2人にさらにスケルトンが群がった。
ケビンは槍を振り回して、これを振り払ったが、大した打撃は与えられない。
そのあいだにもオミクロンはアンデッドに守られ、神殿の中央に後退していく。そして彼が再び〈闇の香り〉を使ったのだろう。明るさがまた失せていった。
「ケビン、離れていろ!」
だがグランディーナの手中には聖剣ブリュンヒルドがある。振り上げた剣を目にも止まらぬ速さで振り下ろすと、鎌鼬(かまいたち)は淡い緑色の光を帯びてアンデッドを一網打尽になぎ払っていった。
それはぎりぎりオミクロンに届かなかったが、その前にできた空きにケビンが突進する。
「諸々の悪しき霊よ、我に楯突く愚か者を討ち滅ぼせ、ダーククエスト!!」
「うおおおっ?!」
だがオミクロンの魔法をもろに受けて、さすがのケビンも足を止めた。その隙にアンデッドが空きを埋めてしまい、3度、彼の周りに群がった。
グランディーナがケビンを助けに入ったが、ブリュンヒルド一振りでこれをしのぐには、さすがの彼女もシグルドで力を使いすぎていた。
「聖なる父フィラーハの慈悲深き御名において命ずる。汝、迷える霊よ、この世のくびきより放たれよ。安らぎを知らぬ魂よ、所在の処に還れ!」
浄化魔法の光が神殿内に拡がった。アイーシャとレイカが同時に唱えたので、相乗効果を起こしたのだ。
それはケビンの周囲のアンデッドを消滅させた。それでもまだオミクロンとのあいだを遮るスケルトンをグランディーナが片づける。
「かたじけない、皆の衆!」
ケビンの突進にオミクロンが再び魔法を唱えようとしたがサラディンがわずかに先んじた。
「回れ回れ、風よ、回れ、渦となれ、トルネード!」
「何だと?!」
足止めをされたオミクロンをケビンの槍が確実に捉えた。穂先は死霊術師を貫き、彼は槍ごと掲げられた。
「オミクロン、討ち取ったり!」
「馬鹿な、貴様らなどに−−−」
「そんなものはさっさと棄てろ!」
グランディーナとカノープスはケビンをエレボスに無理矢理乗せた。
それから彼女はピテュスに乗り、いままで見向きもしなかったユーシスに近づいた。
天使長は祭壇の上に立てられた十字架に逆さに磔(はりつけ)にされている。手足から血を流し力なく首を垂れていたが、グランディーナが手を伸ばすと突然、跳ね起きた。
「触るのではありません、汚らわしい!」
「うるさい、黙っていろ。こんなアンデッドだらけの場所にいつまでもいられるか」
「人ごときが私に触れるのではありません!」
ユーシスはなお、そう言ってもがいたが血が流れるばかりで手と足を止めた釘は容易に外れなかった。
結局、フォーゲルが3ヶ所の釘を抜きユーシスをピタネに乗せた。一行はやっと神殿を離れカンダハルの郊外に着陸した。
「フォーゲルさま!」
「大丈夫ですか、ユーシス殿?」
「フォーゲルさまこそ、なぜこのようなところにおいでなのです? まさか天界で良からぬことが起きたのでしょうか?」
「話せば長くなりますが、まずはあなたを捜すためです。ですが酷い傷だ。あなたをこのように扱うとはオミクロンという男、神をも恐れぬ輩と見える」
しかし彼女がその身を浮かせると、すぐに玉のような肌の輝きを取り戻した。天使には怪我さえも一時的なことに過ぎないらしい。
「大したことではありません。私の力がアンデッドを作り出すのに使われたことに比べれば、このような傷など、その報いと言ってもいいでしょう。それよりもフォーゲルさま、ミザール姉様を助けるのを手伝ってはくださいませんか?」
「ミザール殿は堕天したのではありませんか? いくらミザール殿とはいえ、フィラーハが一度、決めた堕天を取り消すとは思えませんが?」
「いいえ、そんなはずはありません! ミザール姉様がキャターズアイを返せば、フィラーハさまはきっと堕天を解いてくださるはずです。天使長になった私がいまだスローンズなのがその証、ミザール姉様がキャターズアイを手放さないうちに急がなくてはなりません」
「ラシュディがミザールにキャターズアイを持たせたままだとは思えない。姉を助けたがるあなたの気持ちはわからないではないが、事態はそんな楽観視できるようなものではないと思う」
「人間風情が口を挟むことではありません! あなたたちは私をミザール姉様のところに連れていけば良いのです。
一緒に来ていただけますね、フォーゲルさま?」
「その話はこれからバーミヤンに戻るまでのあいだにするといたしましょう。まずは暗くなる前にここから離れなければ」
「ええ、わかりました」
しかし2人がグリフォンに乗る間もなく、グランディーナが声をかける。
「フォーゲル、先に帰りたければピタネに乗っていけ。私たちはもう一仕事ある」
「なぜ、あなたになど命令されなければなりませんか? フォーゲルさまがいらっしゃるのです。その命に従いなさい」
「ユーシス殿、この者たちのリーダーは彼女です、俺ではない。このグリフォンも解放軍に所属しているのです。
それで一仕事とは何だ? オミクロンを倒して終わったのではなかったのか?」
「カンダハルに生存者がいるかもしれない。その確認をしないうちは離れるわけにはいかない」
「どうやって捜すのだ? カンダハルは大きな町ではないが、あのようにアンデッドがうろついていては明日になるまで待たねばなるまい」
「〈光のささやき〉を使えば〈闇の香り〉の効果は打ち消せる。皆で手分けすれば、町中を捜せるだろう」
「ならば、すぐに始めた方がいい。日が暮れればアンデッドがまた活発に動き出す。だが生存者が残っているとは思うな」
「わたしがグランディーナ殿にお頼み申したのです。万が一を思うと、このまま去るわけにはいきません」
「謝る必要はねぇぞ、ケビン。
さあ、〈光のささやき〉があるならとっとと使っちまえよ! その方がアンデッドも早くいなくならあ」
「そうだな」
〈光のささやき〉は小さな布の袋に入れられていた。カンダハルの上空でグランディーナがそれを振りまくと、辺りの闇が消え、昼の明るさを取り戻した。
地上を我が物顔で闊歩(かっぽ)していたアンデッドたちは暗闇を求めて地面や地下に逃げ込み、一行の探索を容易にさせた。だが、日暮れまで時間いっぱい行われた探索は、逆にこの町に生存者が1人も残っていないことを裏づけただけだった。フォーゲルまで手伝って彼らは地下室をものぞいたが、カンダハルに生きている者は残っていなかった。
「急いで北の島に渡るぞ。アンデッドが動き出している。
カノープス、あなたがアイーシャ、レイカとエレボスに乗ってくれ」
「俺だけ鞍なしかよ?」
「万が一、落ちても、あなたなら飛べるだろう」
「へいへい」
「すみません、カノープス」
「気にするな、どうせ1人あぶれるんだ。アヴァロン島に行った時にユーリアがやったことを覚えていたんだろう」
そのあいだ、ユーシスはずっと皆を睨みつけていたが、何も言うことはなかった。
こうしてグランディーナたちはカンダハルを離れた。
しかし、オミクロンが倒された後にも変わることなく現われるアンデッドを見ると、たとえようもない疲労感が彼らを包むのだった。
海竜の月2日未明、アンデッドの攻撃がやむことはなく、解放軍からはプロミオスとメラオースが戦線を離脱するという事態もあって、ギルバルドは各門を守る人員を次のように決めた。
東門は引き続きデボネアの小隊が守ることになった。西門にマチルダ、南門にラウニィーという配置も昨晩と同じだ。ライアンも引き続き南門だったが、ギャネガーとマーウォルスを使う。
さらに3つの門に自警団が6人ずつついて、昨晩と同じく、3人1組となって防衛に当たる。それに加えて、北門にいた自警団の者も東門と西門に分けて配置され、3人の影も各門に1人ずつ加わった。残ったギルバルドとユーリア、プロミオス、メラオースが北門に廻った。
「北門は君たちだけで大丈夫か?」
「アラディの話では破られる恐れはなさそうだ。こちらに廻ってくるアンデッドはさらに北上するのだろう。危険なのはむしろケルーマンよりもバーミヤンなのかもしれない」
「だが、あちらにはガーディナーたちのほかに天空の三騎士殿がお二人もいるだろう? このような非常事態だ、当てにできないかな?」
「だといいがな。だが、いまはバーミヤンのことよりもケルーマンの守りに専念しよう」
「皆、一昨昨日(さきおととい)からの戦いで疲れている。守りきれると思っているのか?」
「そうしなければ我々はここで倒れる。諦めるわけにはいかないだろう?」
「わたしは精神論ではなくて君がそう言う根拠を訊いているのだがね」
しかしデボネアの意に反してギルバルドは呵々(かか)と笑い返した。
「なんの、こんな時には精神論だって、そう捨てたものでもないさ」
デボネアが反論しようとすると、アンデッドの襲来を告げるロシュフォル教会の鐘が鳴り響いたので、それ以上、話を続けるわけにはいかなくなった。彼はギルバルドと別れて急いで東門へ走っていったのだった。
果たして、戦局はデボネアの案じたとおりとなった。
昨日の疲れが誰も取れていない状態で、自然と怪我人が増えた。
司祭たちは、解放軍の者もロシュフォル教会の者もすっかり喉をからしていて、呪文を唱えることもままならない。
ラウニィーの手には慣れたはずのオズリックスピアが重たかった。
ライアンにもギャネガーとマーウォルスを何度も戦場に引っ張り出すことは難しかった。2頭は尽きることのないアンデッドとの戦いに飽きている。だが今晩は満身創痍のプロミオスを使うわけにはいかない。
デボネアも苦戦していた。スティングたちの疲労が濃いと思うと、つい自分の担当している時間が長くなってしまうからだ。
ケルーマンの自警団も慣れたとはいえ、調子に乗って任せるのは危険だ。
解放軍の誰もがいよいよ自分たちが八方塞がりの状態に陥りつつあることを悟った。グランディーナたちは今夜中にケルーマンに着くことはないだろう。スルストとフェンリルもバーミヤンを離れることはあるまい。助けは来ないのだ。ケルーマンにいる者たちは自分たち自身の力で、この困難を乗り越えなければならなかった。叱咤も激励も、いまの彼らには空しく響くだけだろう。
「ギルバルドさま、何だか大勢の人たちがいらっしゃいましたわ」
ユーリアに促されて、彼がそちらを見ると確かに棒切れを持った大勢の女性がギルバルドたちの守る北門にやってくるところだった。その年齢は老いも若きも様々で、手にした棒切れもめん棒だったり、薪だったりとまちまちだった。前掛けをした女性もいれば、乳飲み子を背負った女性もいる。ただ彼女らに共通していたのは眼差しだった。強い意志を感じさせる視線だけが彼女らに共通しているものだった。
「このような時間にいかがした?」
ギルバルドが近づいていくと、数人の女性が進み出た。身なりの良さからケルーマンでも名士の妻たちと思われたが彼女たちが起きている時間でもないことは明らかだ。
「私たちはあなたたちの手伝いをさせていただきたいと思って伺いました。町がこのような時にこれ以上、私たちが傍観したままでいることは許されないでしょう。私たちも一緒に戦わせてください」
「相手はアンデッドだ。見たところ武器と思しき物は持っているようだがアンデッドには効果はあるまい。志はありがたいがアンデッドと戦うことはできなかろう。お引き取り願おう」
「それではおうかがいしますが、あなたたち解放軍の方々はアンデッドに効果的な武器をお持ちなのですか? いいえ、ケルーマンの自警団の方たちでもかまいません。あなたたちにはアンデッドに通用する武器があるのですか?」
「そうではない。残念ながらアンデッドに効果のある武器はここには1つもないのだ。我々にできることはアンデッドがケルーマンに入らぬように守り、ロシュフォル教会の方々に浄化してもらうだけだ」
「でしたら、私たちにもできることはありましょう。お願いです。町の者でもない、あなたたちが戦っているのに私たちが見ているだけなんてできません。どうか手伝わせてください」
「なぜ女性しかいないのか訊いてもよろしいか?」
「男たちが立ち上がらないからです。彼らはあなたたちと自警団に任せたきり動こうとしません。ですがケルーマンは私たちの町です。町を守るのに、いつまでもあなたたちに頼ってばかりいられません」
すると彼女たちの後方が騒がしくなって、女性たちをかき分けるようにして男たちが現われた。彼らは手に何も持っておらず、女性たちがこんな時間に町を守るためと言って出かけてきたことを、ついさっき聞きつけて慌てて起き出してきたような風だった。
「帰るんだ、ブレンダ。武器を持ったこともないのに、おまえたちがケルーマンをどうして守ろうと言うのだ? この方たちは忙しいのだ、おまえたちが邪魔してはいかん」
そう言った男はケルーマンの町長だった。彼が手をつかんだ女性は妻なのだろう。しかし彼は、すぐにその手を振りほどかれた。
「もうあなたたちの言いなりにはなりません。ケルーマンは私たちの町なのですよ? 自分たちの町を自分たちで守ろうとして何が悪いのです?」
「何を言うのだ。そのために自警団を結成したのではないか。おまえたちの出る幕ではない」
「自警団の人たちについては確かにあなたの仰るとおりでしょう。ですが、この方たちはケルーマンとは何の関係もないではありませんか」
「だが彼らは解放軍だ。このアンデッドがゼテギネア帝国の仕業ならば、帝国と戦う解放軍が対処するのが当然ではないか」
「なんて情けない!」
その言葉をきっかけに女性たちから非難の声が沸き上がり、男たちを責め立てた。彼らはそんなことを言われるのがギルバルドのせいであるかのように恨めしそうな視線を向けた。
「あなたたちはそうやってロシュフォル教会の方たちにも頼り切るつもりなのね。だけどアンデッドが出るようになって何日経ちましたか? 皆さんが疲れて戦っているというのに、どうしてそれを見ているだけなんてことができるのです?」
「我々は戦士ではない。どうしてアンデッドと戦えるなどと思うのだ?」
「私たちも戦ったことなどありません。ですが、これ以上、何もしないでいることなどできません。いいのです、あなたたちが戦わなくても。私たちが戦うと言っているのです」
「そんなことをさせられるわけがない!」
「あなたたちが戦わないと言うのですから私たちが戦います。ケルーマンの町は解放軍の方々や自警団の方たちとともに私たちが守って見せます。
さあ、あなたが解放軍のリーダーなのでしょう? 私たちに指示をしてください」
「そんな勝手なことは許さんぞ!」
男たちは力ずくで女性たちを止めようとしたが、彼女たちがめん棒やら薪やらを振り回したので手を出すことができなかった。
「ならば、あなたたちにもともに戦ってくれとお願いしよう。だが手伝いなどとは思わないでほしい。戦う以上、あなたたちも立派な戦力だ。だが、まずはこちらへ来てくれ。いくらなんでもめん棒で戦うわけにはいかない」
「ありがとうございます」
「待ちなさい、ブレンダ」
町長がギルバルドとその妻のあいだに割って入った。
「おまえを戦わせるくらいなら、わたしが戦おう。それに赤子を背負った者までいるではないか。
ギルバルド殿、まさか、あなたはこのような女性にまで戦えとは言いますまいな?」
「何人かの方たちには気持ちだけいただいてお断りするつもりだった。だが、このような事態にあって男性も女性もあるまい。我らの解放軍にも戦う女性はいる。大事なのは戦うという意志だ」
その言葉に女性たちが歓声を上げ、拍手さえわき起こった。ここにきて重い腰だった男たちも、ようやく町を守るという意志を明らかにした。
ギルバルドは彼ら彼女らをまず南門に連れていった。ありったけの短槍と、同じ長さの棒が持ち寄られ、6人1組になって、昨晩、自警団に施したのと同じ訓練がなされた。
女性たちは男たちよりも声を上げ、実際に町を襲わんとするアンデッドを見ても容易なことでは怯(ひる)まなかった。赤ん坊を背負った若い母親や年寄りは帰されたが、それでも半数近くの女性と大勢の男たちが残り、町の守りについた。
やがて彼女たちは三手に分かれて、順に前線に立った。いまや、ケルーマンの町に眠っている者は少なかった。解放軍とロシュフォル教会と自警団に守られるままだった人びとが自らを守るために立ち上がったのだ。老若男女の別なく人びとは短槍や棒を振るい、アンデッドを押し返した。
幸いなことにアンデッドの数は減ってきていた。ダーイクンデイー湿原を北上してきたアンデッドの群れが絶えることは、それを生み出したオミクロンが倒されたことを意味している。
そうと知ってギルバルドは安堵し、皆にもそのことを伝えたのだった。
「グランディーナ、わたしはバーミヤンに戻ったら、スルストとフェンリルと合流してアンタンジルに行く。天使とおぬしたちを連れていくわけにはいかないが、サラディンにともに来てもらいたい。おぬしたちはユーシス殿に従って、バルハラに向かってくれ」
「バーミヤンに戻るのはいいが、カオスゲートのある島までどうやって行くつもりだ? グリフォンも必要だろう?」
「そうだな。だがアンタンジルにグリフォンを連れていく必要はない。カオスゲートの付近で待たせておくことはできるか?」
「カノープス!」
彼女が呼ぶとバルタンはすぐに飛んできたが、同じ問いを繰り返したフォーゲルには首を振った。
「誰かいねぇと無理だろう。自分の面倒は自分で診るが、奴らにとっちゃ残りたい理由はねぇからな」
「ならば誰か1人、ともに行かせないと駄目だな」
「何の話だ、いったい? 俺かギルバルドが一緒に行くってわけにはいかねぇのか?」
「バーミヤンに戻ったら話す」
そう言って、彼女はカノープスを追い払った。
「ユーシスがバルハラに行きたがるのに、なぜ私たちがつき合わなければならない理由がある? 天使長が何をしようと私の知ったことではない」
「バルハラにいるのはミザール殿だけではないからだ。ラシュディと契約を交わし求められるままに天使を召喚していよう。それにゼテギネア帝国の者がともにいる可能性も高かろう?」
「なるほど。どちらにしてもバルハラは旧ホーライ王国の王都だったところだ。放っておいていいはずはなかったな。あなたたちはバルハラに行く気はないのか?」
「ミザール殿に会いたいし、おぬしから目を離すのも不安が残るが、そうすると話がややこしくなる。ユーシス殿はバルハラに急ぎたいだろうが、我々はせっかくアンタリア大地に来たのだ、アンタンジルとガルフのことを先に片づけたい。グリフォンがあるとはいえ、慣れない地上で行ったり来たりしたくもないのでな。それに我らがミザール殿に会ったところでもはやできることはなかろう。フィラーハがいままで天使長を堕天させたことは一度もなかったのだ、たとえキャターズアイが天界に取り戻されたとしても、ミザール殿の堕天が取り消されることも再び天界に迎え入れられることもあるまい」
そう言うと、フォーゲルはユーシスの方に目をやった。彼女はカンダハルで助け出されてから、ほとんどのあいだ視線を北の方に向け、フォーゲル以外の者と話すこともなかった。バルハラはアンタリア大地からずっと北だ。肉体を得て地上に降りたユーシスには、その距離は天界よりももっと遠くに感じられているのかもしれなかった。
海竜の月4日、解放軍の本隊はケルーマンを発ち、その日のうちにバーミヤンでグランディーナたちと合流した。
アンデッドの襲撃は町の者で対処できるほどに激減していたし、二晩戦ったことで人びとは自信をつけた。アンデッドの数も以前のように減るのは時間の問題と思われた。
デボネアが案じたバーミヤンを襲ったアンデッドはケルーマンほどの数には至らず、天空の騎士2人とガーディナーたち、それにロシュフォル教会の司祭たちの協力で事なきを得ていた。
「私たちは次にバルハラへ向かう。天宮シャングリラでミザールの名において私たちを襲ってきた天使や当のミザールがそこにいるからだ。それに都市の機能を失ったとはいえバルハラは旧ホーライ王国の王都だ。遅くなったが、この地の奪還はいまだ解放軍に参加していない者、旧ホーライ王国の旧臣たちに強く呼びかける効果もあろう。ただし、サラディンとユーリア、天空の三騎士の5人はグリフォンとともにアンタリア大地に残り、アンタンジルに向かってガルフを片づける。我々は明日の船でガルビア半島に戻り、バルハラを目指す。今日はよく休め!」
こうして解放軍はアンタリア大地での戦いを終え、バルハラに向かった。
24年前の戦争でラシュディの放った禁呪のために永久凍土とも揶揄される、かつての王都をいま堕天使ミザールが支配する。
氷土に散るのは解放軍か堕天使か。
新たな戦いが始まろうとしていた。
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